いろいろな人、いろいろなタイプの良心を探りながら、自分の良心の成長を模索する。

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故郷の徳之島

 私が生まれ育ったのは東京だが、両親の故郷は鹿児島の南にある奄美諸島の一つ、徳之島というところだ。沖永良部島や与論島は観光地としても名が知られている中で、徳之島はそれほど観光地化されていない。猛毒のハブが出るせいだろうか。名前が世間に出たのは、五つ子ちゃんと世界一の長寿だった泉重千代さんと、、、最近だとマラソン選手だった高橋直子選手の合宿地として使われた時だろうか。
 故郷はどこですかと聞かれると、「生まれたのは東京ですが、親戚は徳之島にいます」という。両親は徳之島の同じ町の出身で、地元で結婚式をあげて東京に出て来た。
 母方の祖父は農協の理事をしていたこともあり、引退後は町議会議員をしていた。東京にいる私たちも4年に一度、夏にある町議会議員選挙におじいちゃんを応援しに家族みんなで島へ帰る。
 この久々の里帰りは両親よりも子どもたちのほうがはるかに楽しんでいた。
 まずは何と言ってもきれいな海と空と見渡す限りのサトウキビ畑。暑い日差しが射すが、日陰に入ればけっこう涼しい。それにお年寄りが多いせいか時間の流れがゆったりとしている。海で泳ぐのも楽しいし、釣りをするのも楽しいし、車で走っても自転車で走っても楽しい。ボーとしているのでさえ気持ちがいい。
 親戚まわりをすれば、東京から誰々の子が来たとひどく喜んでくれ、玄関や縁側で座り込み(中へ入りなさいと言われるが、母親は中には入らなかった。入ったら最後、話をしたい聞きたいおじいちゃんおばあちゃんに、何時間もつきあわされてしまうからだ) 豚肉やサタ豆やヨモギ餅や昨日のおかずまで、いろいろなものが出て来る。まだ幼かったころは大人たちの話はたいくつで、すぐ同じ年頃のいとこの家に遊びに行ってしまう。
 いとこたちは夏休みだから午前中は畑の仕事を手伝って、遊ぶのは午後からだ。弟と私はご飯を食べてゆっくりといとこの家に遊びに行く。
 時間は決まっていなかった。「明日午後、海行こう」が約束だった。みんな隣近所だからどこにどんな客が来ていて、どこの家は午前中は何して午後は何をする、どこの家はいつが忙しいかなどはみんな知っているのだ。だから「午後ノンちゃんたちと海に行く」と言うだけで誰々が一緒に行くのかまでだいたい察しがつくらしい。私は子供の遊びの約束までもが大人の話のネタになるのが不思議だった。大きくなるにつれてそれが母親などは面倒くさいと思っていたことに気づいたが、幼く都会の核家族生活しか知らない私にはまったくうかがい知れない世界だった。
 家からは海が見える。海まではほとんどがサトウキビ畑だ。
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Author:heban
東京都出身
43歳

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