いろいろな人、いろいろなタイプの良心を探りながら、自分の良心の成長を模索する。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2002年ワールドカップ日韓共同開催 4

 家の外ではベスト16に韓国が残り、それも強豪を下しての16強だったために相変わらず
「タタンタ、タンタン テーハミング!」の声とラッパとクラクションがなっていた。
 あの事件からチャンスクはテレビでサッカーの試合を見なくなった。セジンもほとんど見なくなったが、韓国戦があるときだけはセジンがテレビをつけるので、チャンスクも横で見ていたようだった。私は自分の部屋で見ていた。
 ある夜3人で気分転換に散歩に出た。裏は小高い丘でそのすそに私たちの住んでいるマンションがあるので、夜になれば人も車も少ないはずだが、ワールドカップが始まってからは夜になると人々が外に出て、韓国チーム躍進の興奮を例の「タタンタ~」で発散するのだった。
 その日もいつもは静かな通りに時折若者たちが運転する車が通り、「タタンタ~」とクラクションをならしている。あちこちで人々が散歩をしながら話をしている。
 ちょうど交差点の向こう側から大きな声で交わしている会話が聞こえてきた。
「日本が負ければ気持ちいいのに」と言う言葉が聞こえてくる。
 すると一緒にいたチャンスクとセジンは
「オ、オットケ、、(あ、どうしよう、、)」と困ったように顔を見合わせている。
 私が聞いてまた胸を痛めると、彼女たちなりに私に気を使っているのだ。私はまったく気にならなかった。別に何ら私はコメントしなかったが、前ほど気にならなくなっていたのだ。
 日本がトルコに負けた試合を私は会社の応接室で見た。これと言った感想はなかったが、なんか淡白な試合だなと思っただけだった。会社の同僚はもちろんうれしそうだった。私たちに直接言って来る性格の悪い人も若干1名いたが、私は心から堂々としていた。本当に気にならなかったのだ。
 私たちが会社に行ってる間にスンシが日本に帰った。どこで買ったか音符の飛び交うカードを私たち3人に残していった。それには「ハーモニーという“和”が大切で美しいのだということがわかった。私も周りにいる友人、私とかかわり合う人たちを大事にしたい」と書いてあった。私たちを反面教師にそう思ったのか、私たちの間にハーモニーがあったということなのか、微妙に意味の取りにくい文章だったが、私は3人の中にはハーモニーがあるのだといいように受け取らしてもらった。
 こうやって私にはとても長かったワールドカップが終わった。
 またこれには後日記があるのだがそれはまた改めて書くことにする。
スポンサーサイト
コメント:
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
カテゴリ
最新記事
プロフィール

Author:heban
東京都出身
43歳

最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSS リンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。