いろいろな人、いろいろなタイプの良心を探りながら、自分の良心の成長を模索する。

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2002年ワールドカップ日韓共同開催 2

 この頃あたりからか、職場でも何か変な雰囲気が漂っていた。私はいちいちネット掲示板で今どんなことがやり取りされているのかなど調べないので、彼らが日韓の感情的な罵倒合戦をもろに受けていることを知らなかった。そのうち直接的に、
「日本は負けた?勝ったの。なんだ。(残念!)」
 とはっきり言うようになってきた。言ってそそくさと立ち去るのだ。だんだん今までとは違う周りの雰囲気に気づき始めた。日本語を話し、日本との取引をしながらも反日感情を持ち、ネット情報にあおられるように日本憎しの感情が湧き上がってくるようだった。私はそれまでただノー天気に両国を応援していたが、だんだんとサッカーの応援自体に興ざめし始めてきた。
 家に帰った時にチャンスクにそれを話すと、彼女までも、
「今まで知らなかったの。韓国人は日本人が嫌いなんだよ!」
 とこれ見よがしに言い返してきた。私は話を切った、というよりショックを受けて何も言えなかった。いったい私が何をしたというのか。「私はあなたたちみたいに『韓国負けろ』とは一度も思ったことはない。なのにあなたたちは『日本負けろ』と公言し、あたりかまわず日本人にぶつける」 私はそう思うと悔しくなってきた。「なんだこの韓国人たちは!」 それを私と全く関係ない人が私に言うなら、この人は何か日帝時代のつらい思いや傷があるのかと考える余裕ももてる。また職場までなら我慢できる。(さすがに私の直接の上司は一言も言わなかった。仕事上我慢していたのかもしれない) それほど親密な仲でもないから、私も今さら韓国人が日本人嫌いと言っても驚きもしない。しかし問題は一緒に生活をして過ごしている身近な人が私にそう言ったことだった。それがひどくつらかったしとてもショックだった。私は日本人だ。私が嫌いだという事と同じだ。いつもはそんな素振りはないくせに、韓国日本という民族、国家レベルまで概念を広げるとたちまち「お前は嫌いだ」となるのである。それを私に直接言ったことがショックだったのだ。
 身近な人に裏切られたような気分だった。セジンは私に直接言えなくてメールを送ってきた。チャンスクは私がそのことに不満を持つから、彼女の気持ちと自分の思いを言ったのだ。
 それから考え込んでしまった。というより悩み込んだ。友情や信頼とはなんだろうか。民族感情とは。史上初の共同開催をしながら片方は両国を応援し、片方は自分の国だけならまだしも、はっきりとその国に向って負けろと感情をむき出しにしている。一緒に開催している感覚はまったくない。自分だけが勝てばいいのではなく、日本が負けなければいけないのだ。
(続く)
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Author:heban
東京都出身
43歳

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