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エラスムスとルターの自由意志論争 2

序   論
 
「自由意志」の問題は哲学、宗教の根本問題として、長い歴史の根底にいつも横たわっていた。キリスト教においてペラギウスとアウグスチヌス、エラスムスとルターというように、それは時に論争という事件を生み出してきた。論争を通してこのように問題が表面化してくることもあれば、そのまま底で息を潜めていたこともある。近年のブルンナーとバルトの論争は後者に属する事がらではないだろうか。
 ここでみるのはエラスムスとルターの「自由意志論争」である。この二人は同時代の宗教改革者である。ただしエラスムスのこの類の名称にはいろいろな見解があるが、しかしローマカトリックを改革せしめんとするところにおいてこの名称は妥当であると思う。
 ルターは、彼の『95箇条の提題』をエラスムスが称賛し、そして彼が『エンキリディオン』第二版の「フォルツに宛てた書簡」でルターの立場を認めていることを知り、エラスムスに宛てて1519年3月28日に手紙を書いている。これに対してエラスムスは5月30日付けの返書を送っている。しかしその内容は、ルターに相当の距離を置き自分自身はルター派でもなく、もちろん贖宥状を販売し人々を惑わしているローマカトリック擁護派でもなく中立の立場を取っているものであった。エラスムスはカトリック教会側にはルター派と見られ、ルター派にはカトリック教会側と見られていた。教会側からの攻撃に、彼は終始教会側に自分は位置していることを表明し続けていた。これに対してルターは、自分に反対しない限り自分の敵でないと判断して、再び彼に手紙を書いている。それには教会側と共同して我々に訴訟を起こしたり書物を著したりしないでくれ、という忠告にも似た請願であった。しかしエラスムスは教会側の強い要望にルター批判書を書かざるを得なくなってしまった。そして1524年9月に出版されたのが『評論・自由意志』(『Diatribe de libero arbitrio』)であった。
 ルターは1年4ヶ月の間他の仕事に追いまくられ反論の書を著すことができなかったが、1525年11月に彼はとうとう『奴隷的意志について』(『De servo arbitrio』)を出版した。この反論の書は『評論・自由意志』と比べても約4倍の量で、内容は激烈なエラスムス批判で始まっている。討論をなしたいという一貫した態度の中で書いたエラスムスは、このルターの書に憤り彼もまたその反論の書を出版した。一方ルターはかの書に自らのすべてを表したとしてもうそれに対する書物は書かなかった。
 これがエラスムスとルターの「自由意志論争」の簡単な経緯である。特に西欧では多くの人達がこの論争に何らかの決着をつけようと試みてきた。だがこの二人がそれぞれカトリック、プロテスタントという立場を持っていたが故に、その論者当事者個人の立場がどこに位置するかで、最初からその論者の意見を決定してしまうところがあった。多くの歴史家たちもこの問題を検討してきたがどちらかの立場に寄ったところから論述したわけである。例えばベイントンはエラスムス、ツヴァイクはルター、また『中世の秋』で有名なホイジンガもルターよりと思われる。これは避けられないことなのかもしれない。各々の信仰の立場によってその優劣が異なるものである。もちろん日本においても同様である。
 日本ではキリスト教が少数派だということもあってかそれ程活発にこの「自由意志論争」についての論文は出なかったが、それでも戦後あたりから注目してみると山内宣氏や森有正氏等が論文を発表している。その後どんどん発表されていったが、その多くはエラスムス、ルターそれぞれの研究の中でこの論争についての言及がなされていった。三串一士氏は4回にわたってこの論争を詳しく論述しているが、それは金子晴勇氏と立場を同じくする、ルターの信仰の内面に重きを置いた論文(1981年)であった。時を同じくして表された坂井昭広氏の論文は、ベイントンに負うところ大のもので、エラスムスの、古典もしくは異教文化とキリスト教の福音との統一に重きを置き、彼の啓蒙精神を称賛している。
 自由意志の問題を問う時に、神学的見地で問う場合には、その当人の信仰観は重要な問題である。この二人の自由意志論争については、人間の自律性と神の恩恵との問題がその根幹をなしている。問題自体がキリスト教に深く関わる神学問題なので、坂井昭広氏のようなアプローチのしかたはせず、三串一士氏や金子晴勇氏のようなアプローチのしかたをした。
 私がここで明らかにしたいのはエラスムスとルターの内面的相違である。その相違ゆえに論争での意見の食い違いがある。これはエラスムス、ルター二人に限ることでなく論争においては常のことであるが、特にこの論争においては各々の信仰観の違いがこの論争を決着の欠片も見出せないものにしてしまっている。この内面的相違、信仰観の違いとはいったいどういうものなのか。それを二人の「自由意志」「義認論」等を通して見ていきたい。
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