いろいろな人、いろいろなタイプの良心を探りながら、自分の良心の成長を模索する。

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エラスムスとルターの自由意志論争 1

 私は大学で西洋史を専攻し、当時キリスト教のカトリックとプロテスタントの違いを深く理解したいという思いがあり、卒論で「エラスムスとルターの自由意志論争」というテーマを選びました。最初はこの二人のことを調べればカトリックとプロテスタントの違いがよくわかるかなくらいにしか思っていなかったのですが、それはまったく見当違いのことでした。二人の論争はカトリック、プロテスタントの違いという話ではなく信仰観の違いの論争だったのです。
 二人の本を読みながらエラスムスの言うことはよくわかるのですが、もう一方のルターの言うことがさっぱりわかりません。知名度、影響力から言えばすべてルターが上なのですが、しかし肝心の彼の主張がまったくわからないのです。
 私は何ヶ月もルターの言ったことを考えました。彼の体験談や講義の内容、また第三者の彼の評価、いろいろな人の本や評論文を読みました。
 そしてある時、合点がいったのです。「良心」という観点から見ればきれいに説明のつくことがわかってきたのです。もちろん今までにもルターの「良心」に注目した人はいましたし、私もその本を読んでいたのですが、私自身に何の材料もないとまったく心に響かず意味もわからずただ通り過ぎてしまうのです。
 この発見は私にとって大きな人生の指針となりました。

 何回かにわたってこの拙い卒論を載せようと思います。少し硬い文章で長いです。また卒業論文ということもあり少々気負いがあります。読みづらい方は無理にお付き合いしてくださらずに、最後の「まとめ」を読んでくださればよいかと思います。簡単に短くまとめました。


                 目     次                 
          序  論
          第一章 双方の意見
            a.エラスムスの「自由意志」論の要約
            b.ルターの「奴隷的意志」論の要約
          第二章 視点の違いについて
            a.自由意志について
             1、エラスムスの信仰的見地
             2、ルターの信仰的見地
            b.信仰の手段と義
             1、エラスムスの信仰的見地
             2、ルターの信仰的見地
          結  論

          ま と め   その1  その2
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Author:heban
東京都出身
43歳

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