いろいろな人、いろいろなタイプの良心を探りながら、自分の良心の成長を模索する。

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韓流について 1

 私はここ何年間かずっと韓国に住んでいる。そのため日本での出来事はインターネットを通してのニュースでしかわからない。最近、フジテレビの韓国ドラマやハングル文字の大量の放送がずいぶんと話題になっているニュースをネットで見た。きっかけはいち俳優のツイッタ―のつぶやきからだと言うから少々驚いた。
 確かに韓国のネチズン(ネット市民)たちもすごい力を持つ。故盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の大統領選、選挙当日の最後の数時間、いや最後の数十分だったかの劇的逆転当選は「ノサモ」(ノムヒョンを愛する集まり)というネットを中心とした活動勢力の力が大きかった。ネチズンの力を国民的に認知させた大事件となった。しかしその分ネット文化のマナーの重要度が高まる。韓国のネチズンのマナーははっきり言って悪い。芸能人はそれで精神的に追い詰められる例が今でも後を絶えない。
 フジテレビの偏向報道と言われる視点の是非をちょっと横に置いて、私はまず日本のツイッタ―が悪用されるスキのたくさんあることが、心配になった。
 さて本題の韓流についてだが、まず思うことは、もう相当のバブル状態だろうにということである。「なぜあのドラマが今頃日本で流れているのか」とか、「え、彼も(彼女も)日本へ行ってデビューするの?」と韓国の芸能界をそれほど知らない私でさえ、猫も杓子も日本へ行くのかとよく思っていたものだった。
 そして今、このフジテレビの韓国偏重報道と一部で批判されているのだから、「ああ、やっとそろそろ潮時が来たのかな」と私は簡単に考えていたのだが、どうやらそうでもないようだ。
(続く)
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韓流について 2

 先月友人が日本へ行ってきた。この人はマスコミ関係で働いている人だったので、久しぶりに東京で何人かの友人にもあったようだ。すると自然とフジテレビの話にもなる。
 彼女はもともとこんなに韓国の歌手や俳優やドラマが日本の放送局でたくさん流れていれば、日本人の俳優やタレントはいい気持ちはしないだろうと思っていたようだ。友人の話ではもちろんそういう感情的なものもあるけれども、それだけではないというのだ。日本の芸能界には在日の人たちがたくさん働いている。芸能人は在日の人を抜かしては考えられないほどなのだそうだ。そしてこの多くの在日の芸能関係者が韓流を後押しし続けてきたというのだ。これはもうよく知られていることなのかもしれないが、私はとても合点がいった。
 最初ぺ・ヨンジュンの冬ソナから始まった純情路線のフィーバーが、いつの間にかK-POPなどのジャンルまで確立し、テレビ、雑誌、ラジオに定着しているのだから、時折韓国から日本の芸能界をのぞき見る立場としてはここ何年間という短い期間だが隔世の感がある。しかしこんな短期間でここまで定着したのも現地で彼らを応援する力強い味方あったのだと思えばよくわかる。
 在日同胞の人からしたら本国から来たタレントたちを日本でどうにか成功させてあげたいと思うのは当然だろう。もし彼らが今まで在日ということで芸能界で肩身の狭い思いをしていたならなおさらだ。その感情や紆余曲折した歴史の流れから見れば起こるして起こった韓流ブームなのかもしれない。
 芸能界に関してはよく知らないのでこれ以上何も言えないが、もし問題が「愛国心」というところまでいくのであれば、一言、自分がほんとに自分の国に対して自分を形作ってくれたという健全な愛着があるのであれば、自然に他の国の人にも同じような感情のあることを感じるはずで、しかしそれがただの自己主張に「愛国心」をなり下げてしまうのであれば、それは本来の「愛国心」とは違うとだけ言いたい。もちろんこれは片方にだけ通じることでなく、誰にでもあてはまることだ。
(続く)

韓流について 3

 「冬ソナ」は韓国では2002年1月から3月までKBSで放映されていた。当時私は、ソウルにあるプロマックス(現在資本の出資元が変わり社名も変更)という会社の日本語翻訳チームで仕事をしていた。その会社は日本で流行っていたプリクラを初めてソウルの明洞に設置した会社で、そこから得た収入や人脈を多方面に活用していた。その一つに韓国のテレビ放送局のKBSもあった。日本語翻訳チームは会社が主流にしていたゲームに関しての翻訳より、このKBSコンテンツの翻訳が主業務だった。
 日本のNTTドコモが携帯電話で提供しているコンテンツ中の海外部門に韓国KBSのチャンネルがあった。当時KBSの提供コンテンツは主にビジネスマン向けの経済ニュースが主流だったが、そこにだんだんとKBSの放送コンテンツ、たとえばドラマや歌番組、バラエティなどの放映内容が入るようになった。ミュージックバンク(KBSの歌番組)やギャクコンサート(お笑い番組)などだ。そして冬ソナも現地での放送後2週間ほどの作業時間をおいて日本でもアップされるようになった。
 当時は原題そのままの「冬の恋歌」と訳していた。その頃のKBSコンテンツの会員は3000名ほどいたが、大部分がビジネスマンであるなかで、「冬の恋歌」と「ミュージックバンク」の提供が始まると少しずつ一般の会員が伸び始めた。そして質問コーナーには「ドラマに出て来るポラリスというネックレスはどこへいったら手に入るでしょうか?」というような具体的な質問まで届くようになった。
 ペ・ヨンジュンはそれまで韓国でもそれほど知名度の高い俳優ではなかったが、このドラマで一躍時の人になった。そういう韓国でのフィーバーぶりを知っている日本人がメールをくれたのだと思うが、この携帯電話の小さなKBSコンテンツから「冬の恋歌」の情報を日本で得ようとしていることに私は驚きと同時にやりがいを感じた。
 私も韓国の一般視聴者にもれず、毎週「冬の恋歌」を見て感動していた。「何て純粋な恋なんだろうか。男女の恋愛関係で相手のために自ら身を引き他の異性に引き渡す、なんとことがあるんだろうか?」と私としては軽くショックを受けたものだった。私はその頃韓国の友だち3人と共同生活していたので、その友人に聞いた。
「韓国人は好きな異性をその人のためだと考えると、自分は身を引き他の人へ恋人を送り出すことがあるのか?」と聞いた。
 するとその友だちはあっけらかんとして
「そんなのドラマの中だけね」と言った。
 なんだそんなものかと納得したが、やはりその発想自体には新鮮な感動を覚えていた。
(続く)

韓流について 4

 「冬の恋歌」の恋愛感に軽くショックを受けた私は、職場でまさにこのドラマの翻訳をしながら、こんな純粋なドラマがずいぶんとスレた(私にはそう思えた)今の日本の文化に純粋さという刺激を与えてくれるといいなと強く思っていた。だから「冬の恋歌」の連載がNTTドコモで終わろうとするとき、チーム長に「ぜひ次は『秋の童話』をやりましょう!とKBSの方に言ってください」と言い続けた。「秋の童話」は今ではもう誰もが知っているように、同じプロデューサーのもと、その2年前の秋に韓国で大ヒットしたドラマだった。これも負けず劣らず純愛ドラマである。
 しかし本来はその時その時に放映されている放送コンテンツを、生の韓国情報として日本に伝えようと開設されているコンテンツサービスである。そうでなければニュースをはじめとして提供するサービスの質が問われてしまうからだ。であるから当然、2年前のドラマをいまさら日本に流して何の意味があるかという反応だった。
 ところが少しずつ会員数が伸びていったせいか、提供コンテンツがどんどん増えていった。その中で同時期に放映されているドラマと「冬の恋歌」の静かな人気も考慮され、「秋の童話」がアップされるようになったのだ。私は日本の中で隅に追いやられつつある「控えめ」や「抑制」の中にある強さや美しさが、封建的習慣とは別に人の性格や徳目の美しさとして復活してくれたらいいのに、などととても殊勝なことを考えながら翻訳をしていた。
 それから何か月と経たないうちに諸事情から転職することになり、この仕事を他の人に引き継ぐことになってしまったが。。。
 日本でどういう変遷を経て今日の韓流になったのかよくわからない。人々に求められ、必要とされるものは残って行く。しかし求める思い以上に仮想を作り出したらそれはただの虚構だ。そういう意味ではやはりバブル状態といってもいいのではないだろうか。
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Author:heban
東京都出身
43歳

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